プチ・ムシューの思い出 VO.3
高知新聞 1987年11月12日
心と愛で物を見、描く
私が街で絵を描いていると、必ず一時は人だかりがする。
何人もの人が、『トレビアン』、『マニフック』、『スウペール』等の褒め言葉をかけて見ているが、
やがて1人去り、2人去りして数人が残り、女の話、食べ物の話、フットボールの話等が私のそばで始まる。
うるさくて仕方ないのだが、それがフランス人なのである。
ところが画伯が道端に座り込んで絵を描き始めると、数人の人が周りに座り込み、雑談もせず、
黙って画伯のパッレト、顔、キャンバスを交互に見詰めながら、立ち去ろうとはしない。
驚くほどの相違である。
心で物を見、愛を持って物を見、慈しみの心で絵を描くからこそあのように人を感心させるのだなと思う。
画伯を思い出すたびに、早く私もああなりたいと心に念じている今日この頃である。
モンパルナスのババン付近では画伯が日本に帰られてから数年過ぎているにもかかわらず、今もって
多数の人びとから 『 プチ・ムシューは元気か 』、『 プチ・ムシューはいつ再びパリに来るのか 』と聞かる。
逝かれたことを話すのがツライ私は、『 彼は元気だ。日本でとても忙しい人だから、やがてまた来るさ 』
と答えることにしている。
なぜなら、モンパルナスのババンやサン・ミシェルには数多くの山崎画伯のファンおり、
再度、旧交を温めようと待ち続けているからである。
ル・サロン ゴールドメダリスト
山 川 茂
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ホテル近くのルクセンブルグ公園にて自由の女神写生中の小生 pont neuf 山川 茂・陽子展
フランス人が写してくれた 美YAMASAKI 昭和52年八月